DTMerの親友が亡くなって思うこと

雑記

2019年5月29日、親友でありDTMerでもある 猪目狸目(@inomerim) が亡くなりました。
享年26歳、心筋梗塞による急逝でした。

彼の父親から急逝について連絡があり、家族葬に無理言って参加させてもらいました。
葬儀から火葬まで参加し、文字通り骨まで拾いました。
にもかかわらず、彼が亡くなったということに現実感がなく、
まだ連絡をくれるのではないか、そんな気さえしています。

あまりに突然で、管理人は彼の死を受け止め切れておりません。

これは、管理人が心の整理をつけるためだけの文章です。
彼への追悼とか、他の方に向けた注意喚起とかそういうものではありません。
時間が経つと彼のことも忘れていくのかなぁと思うと怖いので、
何か彼のことを思い出せる場所が欲しいだけです。

猪目狸目という人間について

まず、彼がどのような人間かを簡単に説明しておきたいと思います。

彼の最期のツイート

上記のツイートを見て分かると思いますが、彼は厭世的で、ひねくれていているタイプの人物でした。
作る曲は「ほかの人とは曲調被りたくない!」って常日頃言っているだけあり、めちゃくちゃに個性的です。

2019春M3のアルバムから

また、イラストも描いています。DTMerにはありがちかもしれません。

VTuberのママだったりもした

管理人とは中学時代からの友達です。もう14年ぐらいになるかなと思います。
管理人をオタクの道、DTMの闇に引きずり込んだ元凶の一員でもあります。

学生時代の交友の中で連絡を取っている数人の友達のうちの一人で、
全人類と関係を断ってもこいつと繋がってればいいか、と思っていたうちの一人でした。

彼とは本当に頻繁に連絡を取っていて、直近では、音楽サークルを作って、
2019春M3に参加しました。会った人もいるのではないかなぁと思います。

ざっくりとはこんなところだと思います。

音楽について思い出とか

管理人と彼との音楽についての思い出とか語りたいなぁと思います。

彼は、僕が音楽を作るきっかけを与えてくれた人でした。
とは言っても別に綺麗な話ではありません。単純に
「何年も曲を作ってる彼がこんなクソメロしか作れないんだから、管理人ならもっといい曲が作れるのでは?」という対抗心からです。

管理人はずっと彼の音楽を聴かされ続けていたのですね。
彼が音楽を作り始めたのが2010年あたり 、
管理人が音楽を作り始めたのが2013年の夏ですので、
その間、管理人は一切知識がない状態で、彼から
「曲作ったけどどうよ?」というのをずっとやらされていました。

正直、管理人がDTMを始めるまで、彼は音楽理論を全然勉強してこなかったというのもあり、
作った曲はただの「音のかたまり」という感じで、スケールとか何それ?みたいな状態でした。
そういう曲を聞かされるたびに「マジでクソだな!」って感想を返していたのを覚えています。

マジでクソだな!と思った曲 ⇒ 日本沈没祭り

管理人がDTMを始め、管理人は音楽理論から先に学び始めたので、
そこから彼とともに音楽理論を学び、ときには議論し、
なるほどー音楽すげぇな!いややっぱクソだわ!って言いあったりしてました。

直近では、曲を送りつけあったりサークルの話してました。
2019秋M3のコンセプトも決めてあって、あとは作るだけだったんですよね。

DTMに関して言えば、彼は管理人の親友だしライバルでした。
そして管理人は彼の曲の一番のファンであったと思います。
彼も管理人の一番のファン……だったと信じたい。

彼が亡くなって思うのですが、管理人の作曲のモチベーションは彼に依存していたかもしれません。
常に後姿を見ていたような状況で、いろいろ学んで、最近はやっと横に並べたかな?と思っていました。
そうして一緒にサークル作って、これから活動広げていこうとしていた矢先でした。

曲を作るのが虚しいです。張り合う人がいないっていうのがね。なんかね。

彼が亡くなって思うこと

まとまりのある文章にならないので、箇条書きでつらつらと書いていきます。

・彼が亡くなったと聞いて、100%自殺だと思った。そういう気質あるし、彼とも絶対にそうなるだろみたいな話をしていた。葬儀がすべて終わって、心筋梗塞で亡くなったと聞いた時にショックだった。変な話、自殺だったらまだ納得できた。病気で死んだだけに、まだまだこれからだったじゃんという未練が残っている。

・正直、亡くなったと聞かされてから葬儀の途中まで「ドッキリなんじゃないか?」と思ってた。遺影が漫画でよく見る「空に浮かぶ故人の顔」みたいだったし。けど、告別式に入って、棺の中にいる真っ白な顔をした彼を見て「あ、本当に死んだんだな」という現実が急に押し寄せてきた。その時点でどうにもならなくなって泣いてしまった。

・火葬後に拾った骨が軽かった。たぶん大腿骨当たりの太い骨だと思う。人間って灰になったらこんなコンパクトになるんだなーと骨壺見て思った。最後に箒で灰がさかさか払われてるときは何故か笑いが込み上げてきた。これ物語でよく見る「死んだら骨くらいは拾ってやるよ」まんまだということに後から気がついた。

・彼は音楽を作っていることを家族に知らせていなかった。火葬している待ち時間に伝えるとすごい嬉しそうに曲を聞いていた。後日、彼が作っていた作品(曲、イラスト)をすべて送った。そうしたら「これからも音楽活動を続けてください」という返信をもらった。

・ネット上の全生態をばらされて今どんな気持ち? ねぇねぇ今どんな気持ち?

・断酒してたけど、この時ばかりは弔いとして飲んだ。久しぶりに飲んだら不味くて全然飲めなかった。家に帰ってからも飲もうと思って3缶買ったんだけど、1缶で限界がきて捨ててしまった。そういえば彼は酒が弱くて、ビール1缶飲むだけで顔を真っ赤にしてたなぁ。棺の中の白い顔と対比されてしまった。

・管理人には魂や輪廻という宗教観がないので、この辛さをどう言葉にしたらいいか、何にすがっていいか分からない。宗教観があれば「また来世会おうぜ」とか、「実はそこらへんにいるんじゃないの」とか言えるんだろうな。でも実際にはただ灰になっただけだしな。そういう心持ちでいるから、心の整理が全然つけられない。

・「俺が死んだらHDDを破壊してくれ」っていう話があると思うけど、今はクラウドの時代だからそれも難しいなぁ。彼の父親があまり情報関係に詳しくないようだったので、僕がPCにアクセスしてこっそり消すこともできたけど、あとで見返したいし、そのほうが面白いので残しとく。黒歴史は消してやらんぞガハハ。

・管理人が今住んでいるところ(池袋)周辺に思い出がありすぎる。なんならちょっと前に管理人の部屋に来て「Shape50とBabyfaceProの音すげー!」って言ってた。M3の打ち合わせも近場のバーでしたし、M3の打ち上げは「肉食おう!」ってなってよく分からんステーキ屋に行って食べた。数年前に就職で東京に来てからは、住んでるところがそこそこ近かったのもあり頻繁に遊んでた。そういうところに赴くたびに彼のことを思い出して虚しくなってた。

wowakaの件で怖いなーなんて言いあってた。ボカロP短命説について色々話したんだけど、結局、彼が自ら立証してしまった。おいお前。

・出世払いという名目で彼にめちゃくちゃ奢ったけど出世しなかったじゃねぇかクソが。来世払いってか。

・管理人がShape50BabyfacePro買ったから今まで使ってたI/Fとスピーカーを譲った。たぶん今も彼の家にあるんだろうな。管理人は彼から借りっぱなしのCD持ってる。「いつか返してくれればいい」なんて言ってたけど「いつか」は来なかったなぁとぼんやり思う。

・ついこの間 Cubase10 と Serum を買ってた。 一か月も使ってないとかバカかお前。

・5/11に新曲送ってもらってた。イラストも描いてたのに遺作になった。

「赤ちゃんに戻りたい」って曲らしい

・次に作る曲が遺作になるかもしれない、そういうモチベーションって重要かもなぁと思ったり。最期のツイートが「全人類死ね」で、遺作が「赤ちゃんに戻りたい」ってお前……。残されたこっちが反応に困ってしまう。

・彼がただいなくなっただけだけど、何かしっくりこない。分からん。世界が灰色に見えるってすごいありきたりな表現だけどそんな感じ。矛盾してるかもしれないけど、管理人に断ってから死ねって思った。心筋梗塞って。全然気持ちの整理がつかない死に方しやがってお前。殺すぞほんと。

・精神的にどうしようもなくなって、葬儀から数日たった後に妹に電話をかけて彼との思い出をいろいろ話した。それだけでも少し楽になれた気がする。あとは定期的に連絡くれた母に感謝です。

・彼の彼女さんと連絡を取ることができた。というか、彼が亡くなった日ぐらいに、そうとは知らずにこちらからフォローしてたんだけど、そのとき色々辛そうなツイートしてたのが、彼が亡くなったことに対するツイートだとは思ってなかったよね……。

・管理人が親友だと思ってる人はもう一人いて、彼と三人でよくつるんでたんだけど、葬儀の夜に「しっくりこねぇなぁ」って話した。いい具合にバランスの取れた三人だったからね、一人欠けてなんかまとまりがなくなってしまった。

・ちょっと前に鬱病になってずっと薬を飲んでたけど、この悲しみを紛らわすのが嫌で断薬したら離脱症状に陥ってひどい目にあった。なんかすごいメンヘラの自覚が芽生えてしまった。はっはっは。

最後に

26年間良く生きたわ。今までありがとう、さよなら。

追記

2019/6/16

猪目が亡くなって二週間ちょい。最初のほうは「なんで死んじゃったんだよ……」って呟きながら苦しくなってたけど、今はそこまで辛くなることはなくなった。

ただ、ふとした時にやっぱり思い出して悲しくなってしまう。
「大人っぽすぎて入れないな~」って言ってた近所のカフェ通り過ぎるときとか、キーケースに彼からもらったキーホルダーついてるの思い出したときとか……。

もう連絡も取れないんだなと思うと違和感がすごい。
この違和感はずーっと消えないんじゃないかなと思う。

あと管理人の精神状況が「死ぬ前にやりたいこと全部やろう」ってなった。正直、管理人は精神状況が良くない(絶賛うつ病中)ので、いつ自殺してもおかしくはない状態だし、心残りは残しておきたくないなと思った。

みんなも心残りは今すぐやった方がいいよ。自己完結するしないに関わらず。
人間って簡単に死んじゃうからね。

2019/7/4

精神的にはだいぶマシになった。人間ってやっぱり慣れる生き物なんだなぁって思ってしまった。

管理人の場合、現実やSNS問わず色々な人に心配をかけて声かけてもらったことが大きいなぁと思う。一人で孤独にしていたらまだ泣いてるんじゃないか、そんな感じがする。

悲しさには慣れたけど、猪目がもうどこにもいないという事実にはまだまだ慣れない。連絡とかまだ来るんじゃないのって思っちゃうしね。これは彼の顔とか声とかが思い出せなくなって初めて慣れるものだろうなと思う。何年後かな……。

2019/7/27

猪目と遊んでいる夢を見た。猪目が二人に分裂したりして、死んだと思った?みたいな話をしたりした。起きてから悲しみのぶり返しというか、フラッシュバックがきて体調を崩して数日寝込んでしまった。

こういうことがこれからも続くんだろうか。

2019/8/24

盆に猪目の墓参りに行った。すごい暑さだった。
お墓に備える花を買った花屋さんで、猪目のことをいろいろと話した。話すたびになんで死んじゃったんだろうなぁってやっぱり思ってしまう。

墓参りの作法等を調べてなかったため、花屋さんの主人に教えてもらい、線香までいただいてしまった。寺まで車に乗せていってくれるという好意を固辞して、気持ちを落ち着かせてお墓参りに行った。

とりあえず猪目の墓前に立ってみたが、未だ猪目の名前が彫られているわけでもないので、そこに骨が納められているという実感もなかった。

とりあえず適当に水を流して花を添えて、線香を焚いた。
僕は死後の世界を信じておらず、本心としては自分の心の整理のためだけに訪れたので、すごい虚しかった。

結局、僕はまた精神的に落ち込んでしまい、色々なことを休まざるを得なくなってしまった。でも何かやろうという気もないし、変えようとも思わない。

まぁ気が向いたら何かして、適当に死ねばいいと思う。

2019/9/28

猪目の夢を見て起きた後、まだ顔と声を覚えてるということに安心してハッとした。いつか忘れてしまうのかなと思うと怖くなってしまう。

9 件のコメント

  • ご友人の死心よりお悔やみ申し上げます。

    私の友人も去年亡くなりました。死因は「心筋梗塞」と伝えられましたが、
    親しいご家族から後に聞いたところ実際は自殺でした。
    自殺の場合、表向きの原因を心筋梗塞と伝えることはよくあるみたいです。
    ご友人が実際どうだったのかはもちろんわかりませんが。

  • 超DTM速報管理人様、はじめまして。

    猪目狸目様の訃報の記事、拝見させて頂きました。
    猪目様にはTwitterを経由して、一度だけイラストの依頼をさせて頂いたことがありました。
    たったそれだけの繋がりではありましたが、今回の訃報を耳にして、非常にやり切れない思いが込み上げてきております。

    最期のツイートである「全人類死ね」も、当時TLで目にしましたが、「尖ってるなぁ。まあ、生きていればそういう風に思うこともあるよね」と感じたこと、覚えています。

    イラストを描いて頂いたのは今年2月のことで、ご逝去された5月中にも一度DMを送り、イラスト依頼のご相談をさせて頂いていました。
    そのときは予算が足りず、また次回依頼させて頂きます、としましたが、今になって思えば、ケチらずに彼に依頼して依頼料を振り込んでおけば良かったと、後悔の念しかありません。

    26歳という若さでこの世を去ってしまったこと、本当に残念でなりません。
    ご冥福をお祈り致します。

  • 地方で音楽活動をしています。
    はるみ(♂)と言います。
    当方は、メイン楽器エレキギター歴20年
    音楽雑食型で、色々ジャンルに手を出して来ました。
    今後バンドの音楽で、DTMも取り入れたいと考えている37のオッサンですが、
    自身も鬱病を患った過去があり、コメントに対して至りました。
    音楽をやっている人間は普段の生活から、感受性を高めるせいなのか、それとも、不規則な生活になりやすいせいなのか、それとも両者か?
    様々な理由で、心のバランスを崩しやすいのを自身で体感してます。
    現在は大分落ち着いて日々過ごせてます。
    それには、当然自身も通院し楽になるまで
    10年間以上の時間が必要となりました。
    そして今も不安定になるときはあります。

    音楽制作を形は違えどやっている上で、同じような苦しみを共有または解消出来ればと思いコメントします。

    辛いときがありましたら、自分で良かったら話を聞きます。26.27の時は自分も鬱病真っ最中なのに、親から見放され辛い経験をしました。
    がんばってください!そしてこれからも死んだ彼以上に音楽制作活動を一緒にがんばりましょうよ!?

  • 頑張ってください
    ゆっくり心を休めてください
    こんな言葉しか言えないけど
    ゆっくりでいいと思います

  • GoogleChromeのあなたへのおすすめ記事に表示されていたため、何気ない気持ちでアクセスしてみました。ですが、気がついたら最後まで読み終えていました。私自身にも似通った点をいくつかみつけ途中から自身と重ねてみてしまいました。たった10分程度の記事の中に友人様への深い思い入れを感じました。私は友人はそう多くはいませんが、今いる友人だけでも大切にしよう。そう思わせて頂けて非常に感謝しています。最後にはなりますが、管理人様もご自愛ください。

  • たまたまこの記事に辿り着いた者です。

    まず、ご友人のご冥福をお祈り致します。
    そして、管理人様、どうかご自分を大切になさって下さいね。ご友人の音楽も、貴方の音楽も、聴きますから。

  • 昔ですが、10年くらいまえ、僕も鬱ってジェゾとか飲んでました。2カ月くらい仕事休んでから復職しましたが、しばらくは「スイッチ」を意識しながら生活してました。鬱のきっかけは職場の人間関係(間接的)でしたが、頭の一次メモリを使いきってるような感覚が続き、後頭部のしびれや音によう焦燥感、言葉に対する耐性も下がり、世の中のスピードについていけないと感じて。出家しようとかIT屋やめて事務員(当時はなめてた、反省)になろうかな、とか。
    僕の場合、肉食って日の光浴びて、平日日中の公園に違う世界や時間の流れを感じたり。そうこうしてたら2年くらいで人の悪意を受けても流せるように戻りました。
    あせらず!のほほんと治療されますように。

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